Fという劇団がある。サラリーマンミュージカルや農山村を舞台にしたカントリーミュージカルなど、働く人々の今日的姿を描いた作品を上演し好評を博している。一般に、劇団の経営は苦しいようであるが、この劇団は劇場がいつも一杯になる。さて、その秘密は何か。この劇団は、サラリーマンミュージカルをつくるにあたって、一万人のサラリーマンに直接会ってアンケートをとったという。私の知人も多くがその対象になった。スタッフはもちろん俳優までもかり出し、劇団をあげての面接調査である。名目は「サラリーマンの実態をつかみ、それを脚本や舞台づくりに取り入れる」ということだが、それにしては一万人というのは多過ぎる。脚本や舞台づくりのためなら、せいぜい数十人に面接すれば十分である。思うに、これは立派な営業活動である。あなたが、劇団員から面接調査を受けたとする。三十分か一時間話したあと、「ありがとうございました。これを劇に活かさせていただきます」と告げられ別れたとする。そして、いよいよ公演が近づいたとき、「先日はご協力ありがとうございました。おかげさまで開演の運びとなりました。よろしければご高覧ください」といった案内文とともに、申込書を兼ねた郵便振替用紙が入ったものがあなたのもとに届くとする。そうするとあなたは、「そう言えば、このまえ私の話を参考にするといっていたが、どんな劇になったのだろう。それほど高くないし、ちょっと観てみようかな」という気になる。そう、私の知っている限り、ほとんどの人が実際そうなった。しかも、奥さんや友だちを連れて観に行った。劇にたいへん感激し、幹部社員を全員招待した太っ腹の社長さんもいる。一万人どころでなく、それ以上の人が観に行った。「間接発想」の典型的な例である。一万人もの人たちの一人ひとりに会うという間接的行為があったからこそ、多くの券が売れた。券を売る前に、劇団やそのメンバーへの理解や信頼を勝ち得ることができたから、大入りになった。やり方が巧妙というより、王道を踏んでいる。これがお客に接するときのあるべき姿勢であろう。誰だって、いきなり券を売りつけられたら買う気にならない。ところが、その前に一度会うなり話すなりして、何らかの関係やつながりができていれば、安心もできるし興味も湧く。関係やつながりと言えば、『メディア社会の現在』(林進編・学文社)という本の中で、「歩く人材データベース」こと松岡真知子さんは、「受け手側の関与度を上げ、参加意識を持たせるこ」が、これからの広告ポイントだと指摘している。この劇団は、まさしくこれを実践したのでと」程ある。この事例のように、間接発想は販売や営業の有力な方法である。さらに言えば、人間関係を良くする知恵である。まず人間関係や信頼関係をつくり、その上で目的や仕事へと進む。直接では摩擦や反感を買う(うまくいかない、角が立つ、野暮である)ところを、間接発想でワンクッション入れれば、それが潤滑油や促進剤の役目をはたし、物事がスムースに運ぶ。問題解決にも間接発想は役立つ。たとえば、前についたてがあり向こう側が直接見えないとき、ついたての上方に鏡を置くことで、間接的に向こう側を見ることができる。また、間に仲介者を入れて問題解決をはかることはよく使われる手である。真っ直ぐ進むと見せかけてフェイントをかける「見せかけ発想」も、間接発想の一つである。マジックのトリックも、多くは見せかけである。おとりを使って鳥や魚をおびきよせる、あるいは目玉商品で客を集めるのもそうである。これらのほか、仕掛けや仕向け、便法や頓智なども、多くは間接発想を用いている。さまざまな場面で、この間接発想が利用できる。